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2018年6月17日 (日)

神社のはなし2

だいぶまえに神社の狛犬の台座の話を書きました。

こんどは、また別の神社。もともとの中心部にあたるところにあり、ふるくは藩主の屋敷があったとか。

境内にある柱?写真では切れてしまっていますが、右側にもにたっていて、門柱のようです。

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近づいてみると・・・読めるかな~

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「日支事變記念」の文字。裏側に刻まれている文字をみると、

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読みにくいのですが、「昭和九年一月」「帝国在郷軍人會」とあり、その隣には「上高井郡連合会」かな?地元の在郷軍人会が寄贈?奉納?したものなのかな。当時、どういう役割を果たしたものなのでしょうね。

ここにも、近現代史が。

それにしても、このてのアイテムが神社でよく見受けられます。そしてまた、歴史の流れのなかで破壊されずによく残ってきたもんだ。たいへん、興味深いです。

このすぐそばには、こういうものもあります。さりげなーく置かれています。上の写真で奥に写っているもの。写真にカーソルを合わせると拡大されます。

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神社で手水を使う時の、なんていうのかな、水盤?

横の部分を見ると、「明治二年」の文字。おおすごい。

このほかにも、「小林○○先生」(○○は判読できず)記念の銅像の台座もあります。銅像の本体は見当たりません。台座の石板に長文の説明が刻まれています。どんな由来のものなのか読んでみたい。しかしいかんせん、隷書体の漢文で、刻まれている石がまだら模様のため、判読が困難。拓本をとってみたい。いや、拓本をとったところで、この文が読める自信はありません。

この周囲には、小学校、公民館、図書館もあり、この境内でお祭りやイベントもあって、訪れる人も少なくはないと思います。でも、こういったものの数々を気に留める人はあまりいないかもしれませんね。神社そのものの説明表示は境内にあるものの、境内に置かれているそれぞれのアイテムについての解説は見当たりませんでした。くまなく見たわけではないですが。

市内各地にあるこういった「歴史の証人」について調べている、郷土史家もきっといらっしゃることでしょうね。知らなくてすみません。

2018年2月16日 (金)

1泊2日温泉の旅

久々に、温泉に行ってきました。

やはりこの季節は、温泉です。

今回は、湯田中温泉。有名な温泉どころですが、あまりに近いのでなかなか宿泊先になりにくい。なにしろ夫の高校の同級生にも、湯田中の温泉旅館の子が複数いたくらいです。

さて、いきなり旅館に向かってもすぐついてしまうので、旅行らしく、いくつかの場所を観光することにしました。

まずは、小布施。すぐお隣の町で、日常的に用事を足しに行ったり通ったりはするのですが、なかなか見物して回るということはない町。

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そして今回初めて行きました。「北斎館」。

そう、小布施は北斎が80歳すぎてから何度も滞在した場所。招いた高井鴻山は、現在まで続く小布施の有力な一族の人。というわけで北斎の肉筆画(色は鴻山など弟子筋のひとがつけたらしいですが)もいくつも保管されています。ここから外国の展示会に出品されたりしていて、東京からテレビの取材も来たりしています。

(北斎館の写真は手元の携帯で撮らなかったので、省略)

今回企画展として「富嶽百景」が展示されていました。三十六景は有名ですが、百景は初めて見た。いろいろと北斎らしい凝った図案が見られて、なかなか見ごたえがありました。

さてお次は、当初の予定を変更して飯山の雪まつりへ。当初の予定については、またあとで書きます。

雪の多い地域として有名な飯山市で開催されているイベントです。なかなかの人出で駐車場にも困り、いくつもある会場の一部しか見ることができませんでした。

かまくら(から出るところ)

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町内会や団体でエントリーして参加するらしい雪像コンテスト

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なかには、今なにかと話題の北の国のアノ方とアメリカのアノ方が仲良く並んでいる雪像なんかもあったりして。

気温が高めだったこの日、足元の雪が解けてびしょびしょ。ちょっともったいない感じでした。

子ども向けに、そり遊びのできるスロープがあちこちに作ってあり、用意のいい人はスキーウェアを着て訪れていました。

これでこの日は宿泊先へGo。湯田中では由緒ある旅館として知られるところが取れたので、そこに宿泊(写真撮り忘れた)。旅館につく頃から雪も降りだしてちょうどよい感じです。

ひさびさにゆっくりすごし、次の日は、前日に行けなかったあそこへ。

湯田中と言えば、そう、最近、内外によく知られるようになった「お猿の温泉」=地獄谷野猿公苑。何年か前、夏に行ったことがあります。そのときは暑くてお猿もほとんど温泉につかる姿が見られなかったので、今回は見られることを期待。

前日、いったん向かったのですが、何しろすごい人気で、外国人はバスでやってくる、県外ナンバーの車も次から次にやって来る、で、駐車場に入れなかったというわけです。

今日は朝もまだ早い時間なのでなんとか駐車場にも入れました。ここからしばらく(30分ほど)整備された山道を歩きます。午前中の早めの時間にもかかわらず、この山道も人の姿がとぎれることがありません。

見えてきました。

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ん?

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温泉の周りは人だらけ!猿より人間のほうがどう見ても多い。英語、ドイツ語、中国語、関西弁、たぶん東南アジアのどこかのことば、中東かなということば、いろんなことばが聞こえてきます。ものすごい立派なレンズをつけたカメラを構えた人もたくさん。この人だかりの中で、何事もないようにお猿さんたちは素知らぬ顔で毛づくろいをしたりしているのです。

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お猿のエリアから少し降りたところにあるのが、この地獄谷温泉にただ一軒ある旅館。ついでにちょっとだけ立ち寄りました。下の写真では、橋の向こう、奥に見えている建物がそれです。屋根とか階段とかにも、お猿さんのくつろぐ姿があります。

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実はこの旅館のご主人は、夫の高校の同級生。というわけでちょっとだけ挨拶。下界からここまで、車は入ってこられず、歩くしかありません。にもかかわらず、この季節は宿泊客で大賑わいだそうです。ひげをそるヒマもないんだとひげ面で笑っていました。てんてこまいのところお邪魔してはいけないので、立ち話だけで退散しました。

これにて、1泊2日温泉の旅おわり。

人間の温泉の話がほとんどなかったですね。








2017年10月 7日 (土)

芸能人の来訪

観光シーズンです。ぶどうやら果物は実り、気候はさわやか(いや、そろそろ肌寒い)で景色も良い、そしてもう少しすれば紅葉。

そんなわけで信州には観光客が押し寄せる季節です。

テレビでもしばしば取り上げられます。夏からこっちだけでも、いろいろな芸能人が近くに来たらしいことを耳にします。

たとえば充電バイクの旅の出川哲郎。わが町をかすめて行きました。先日はお笑いのロバートの人が来たらしい。

お隣の小布施には出川(呼び捨て)も少しとどまったみたいだし、北斎を訪ねて宮本亜門、こんどは木村佳乃だって。さすが小布施は人気の町。北斎の力もすごい。賑わいもだいぶ違いますね。

2017年6月21日 (水)

休日の遠征・戸倉宿キティパーク

子どもにとっては、うれしいけれどもタイクツな休日。

新たに情報を仕入れたおとーちゃんの提案で、千曲市にある「戸倉宿キティパーク」へ。

山の斜面にある、自然豊かな公園です。曇り空で訪れる人もまばら。桜がたくさん植わっており、春にはお花見の人でにぎわうそうです。

天狗の伝説のある場所で、なんでも日本一のサイズという巨大な天狗の像がシンボル。

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山の斜面に設けられた公園で、とにかく勾配がきつい。長野市の「恐竜公園」よりもきついかも。私などは、息を切らし、運動不足の日常を悔やみながら登りました。

芝生はよく手を入れられていて、この勾配プラス芝生、にひらめいた子どもたち。

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芝すべりができるじゃん!とお尻で滑り始めました。

「ねえかあちゃん!段ボールないの?」

そんなことになるとは思っていないので、もちろん用意しておりません。

カバンを探ると、何かのときのためにと入れてあったレジ袋がいくつか。

「それでいい!」

ズボンの中に芝が入り込んでチクチクするので、予備のビニール袋をお尻(ズボンとパンツの間)に挟み込み、よっしゃ!と

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ひとしきり、芝すべり。

この公園、ウサギもたくさん飼っていて、触れ合うことができます。写真を撮るのを忘れた。

「子ウサギかわいいね~」と楽しんだり、地面の穴を見て、学校でウサギを飼った経験からウサギの習性についての息子の講釈を聞いたり。

ヤギも数頭。

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ヤギの柵にはこんな注意書き。

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野沢菜をヤギに与えてはいけません。

遊具もいくつか。ひととおり制覇しないと済まない子どもら。

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ターザンロープ。Kc4d0552_640x480
ロング滑り台。子どもたち写ってるかな?Kc4d0553_640x480
下の子も小学生となり、けっこう同じようなレベルで遊べるようになってきました。

さて、ひとしきり遊んだあとは、千曲川対岸にある「荒砥城址」へ(おとーちゃんの希望)。

戦国時代のお城の跡だそうです。今は、善光寺の別院(立派)の建っている同じ山の上に位置します。

山の急な坂を上り、駐車場に車を停めて、また上り坂。

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まだつかないの~と思っている足元にはこんな表示。

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お察しください。

門!

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櫓に上るとこんな感じ!

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景色!

前日は快晴で、白馬のあたりの遠くの山々もよく見えたそうです。この日は曇りで遠くまでは見えませんでしたが、下界がよく見えます。とんびがのんびり飛んでいるのも見えました。当時ここにお城を築いた、防衛上の理由もわかる気がします。

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解説によると、実はここ、20年ほど前に復元・整備されたのだそうです。「風林火山」「江」と大河ドラマ2作品のロケ地としても使われたとか。ポスターや俳優たちのサインが飾ってありました。

このように整備される前は、なんと高度経済成長期には、観覧車もある遊園地が作られていたそうです!

そしてその前は…

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「国旗掲揚塔」が設けられていたのだそうです。先ほど上った坂道の途中にひっそり立っていました。「皇紀二千六百年」とあります。皇紀2600年はあちこちの記念物でしばしば目にします。よほど盛大に祝賀のイベントやモニュメントづくりが行われたであろうことがうかがえますねえ。

さらにそれ以前、ここがどうなっていたのか、は、パンフレットや場内の説明板ではわかりませんでした。

おそばを食べたり、ここの戸倉上山田温泉の日帰り温泉施設「白鳥園」で温泉に入ったりして、休日の遠征は終わり。久しぶりに少し体を動かして、心地よい疲れを持ち帰った休日となりました。

オワリ。











2016年12月 5日 (月)

神社のはなし

写真は少し前に撮ったもの。

先日、市内のわが家からちょっと離れた地域に行く機会がありまして、神社のそばを通りかかったので立ち寄ってみました。

鳥居。

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説明の立て札。

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そして狛犬と記念撮影。

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ここで、台座に「おやっ?」。

拡大。画像にマウスをあてると拡大します。

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「国威宣揚」の文字。むむ。

裏に回ると

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「皇紀二千六百年記念 昭和十五年一月」の文字。

身近なところに、近現代史はあります。

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絶妙な逆光をうけながら、ポーズ。こんなところに登って、怒られるかな~・・・










2016年11月 9日 (水)

熱烈応援

少し前の話題。

世間ではオリンピックが盛り上がっていたのでしょうか。こちらでは、お隣の小布施町が、地元出身の競歩の荒井選手の出場と銅メダル獲得にたいへん湧いていました。

地元ケーブルテレビでも事前から応援特番が組まれ、ケーブルテレビの特性として、何度も再放送されていました。

その後、オリンピックが終わると、凱旋パレードも企画。それもまたケーブルテレビで放映されていました。

背景は、なんか見たことのあるようなぶどう畑。そこを、自衛隊の音楽隊(荒井選手は自衛隊所属でしたね。音楽隊はわが町のホールで定期的に演奏会が開かれるなど、それなりに親しまれているようです)をしたがえ、荒井選手とその隣には御父上の乗ったオープンカーがゆっくりと走っていました。その表情を、車上にセットされたテレビカメラが写し続け、時折、地上の手持ちテレビカメラがとらえた周囲の人々のようすがはさまれます。

うーん、なんだかのどか。ほのぼのとしていました。

写真は、わが家のテレビに映ったパレードのようす。

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2016年9月23日 (金)

伊能忠敬!

ご無沙汰しております。

ここに書き込んでいない間も、それなりにいろいろな活動をし、その都度記事にするつもりで写真もとっていたのですが、画像の保存や読み込みといった手間をかけられず(なにしろスマホではなく従来型の携帯電話やカメラで撮影したものなので小回りが利きません)、記事にするタイミングを失い続けてしまいました。

保育園での行事や子どもたちのようす、家族で出かけた先の話題など・・・

まあ過ぎたことは仕方がないので、今回は一番最近の話題だけにしておきましょう。

このブログでいままで何度か話題にしてきた、近所の神社、通称「八幡のお宮」。

ちょうど今、秋のお祭りの時期です。

いちばんにぎやかなのは「前夜祭」。神事のある日の前日の夜、境内には夜店が立ち並び、いわゆる「お祭り」の風情となります。夫が子どものころに比べると屋台の数はかなり減り、寂しくなったようですが、それでも子どもたちにとってはうきうきわくわくする特別なイベントのようです。

その前夜祭の直前、準備中の境内を通りました。

すると、足元に何やら見慣れないプレートがはまっているのを発見!

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読んでみましょう。撮影の都合で画像がへんな感じですがちょっと画像の向きを変えて・・・

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そう、あの伊能忠敬が通ったところなのだそうです。最近、諸資料や記録を検討して、伊能忠敬が測量の旅でこの市内の地域も通過していたこと、どうやらそれがこのお宮と現在の息子たちの小学校の敷地内にあたる位置を通っていたらしいことが突き止められました。それで、こういう標識?が作られたようです。この一連のプロジェクトには、息子の通う小学校の前教頭先生(今年退職)が熱心にかかわっていたようで、地域情報満載の週刊紙『須坂新聞』にも調査の経緯が掲載され、学校内にはこのことを示す説明板が立てられました。

近所には、古くからの街道わきに、大きめの石に字を刻んだ道しるべが残るなど、過去の時間とのつながりを感じさせる痕跡がいろいろあって興味をそそられることもしばしば。それにしても、あの「四千万歩の男」(by井上ひさし)がご近所を測量して歩いたと思うと、なかなか感慨ぶかいですね。

ところで、初めに触れたお祭り。境内には昼から飾り付けがされていました。お祭りのとりしきりは毎年、近隣6町区がもちまわりで担当。今年はこんな感じ。絵はお見事。しかしそこに書かれているのは・・・

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境内に飾り付けられている一連の灯篭?には、この達者なイラストとともに、「シルバー川柳」と思しき文言がせいぞろい。

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このあたりにも、地域の高齢化を実感するのでした。

2016年5月19日 (木)

ゆうびんやさん

といっても、郵便配達の話題ではありません。

保育園の年長さんの“必須科目”の一つに、大縄跳びがあるようです。わが息子たちのクラスでも、遊びの中でやっているようすをしばしば見聞きします。もちろん、得意な子、不得意な子、不得意でも好きな子、あまり好きではない子といろいろいるわけで、なわとび遊びがいまのところあまり好きではないウチの息子は、自分から参加することは少ないようですが。

さて、朝、保育園に子どもを送っていくと、さっそく外でせんせいに縄を回してもらい、大繩とびを楽しんでいる子どもたちの姿を見ることがあります。ただ飛ぶだけではなく、「ゆうびんやさん」のうたとともに回数を数えています。

私も小さいころ(やっぱり縄跳びはあまり好きではなかったけれども)「ゆうびんやさん」の歌を唄いながら大繩をした記憶があります。しかし、いま、保育園で「ゆうびんやさん」の歌を聴いていると、私の知っているものとは、歌詞もメロディーも微妙に違う!

保育園では、こうです。

♪ゆうびんやさん、の おとしもの
 なーあに 
 は・が・き
 ひろってください いちまい、にーまい、さんまい、よんまい・・・・

ちなみに、私の知っているバージョンは

♪ゆうびんやさん おとしもの
 ひろーってあげましょ いちまい、にーまい、さんまい、よんまい・・・・ ありがとう

東京都の北多摩地域(1970年代)と長野県北信地方(2010年代)の違いでしょうか。自分が子ども時代に覚えたものは、全国区だと勝手に思い込んでいたので、初めて聞いた時にはちょっとびっくりしました。なかなか興味深いです。

上のバージョンでは「郵便屋さんの落とし物」についての説明があって、縄を跳ぶ人に対してひろってくださいとお願いする形になっているのに対し、私の知っているバージョンでは、なわとびをする「私」が郵便屋さんに対して「落とし物ですよ、拾ってあげましょう」とボランティア精神を発揮?しているという違いがあるところも興味深い。そして私の知っているバージョンは歌詞が短く、非常にあっさりしているので、長いバージョンで覚えた人にはちょっと物足りなく感じられるかもしれないな、などと思ったりします。

他の地域には、またちがったバージョンもあるのでしょうね。

2016年4月21日 (木)

明徳寺

先日、松代へ行ってきました。用事のついでに立ち寄ったのが、ここ「明徳寺」。

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なかなか立派な山門です。

このお寺の案内板。

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いちばん左に書かれている「ヒキガエル産卵池」というのがほほえましい。

ここには、海津城(のち松代城)主・高坂弾正のお墓があります。今放映中の「真田丸」では、少し前の回で、息子の春日信達が真田昌幸と信尹に嵌められて命を落とす話がありました。

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「高坂弾正の墓」の説明板。マウスをあわせると写真が拡大します。読めるかな。

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さてこのお寺は、「硫黄島」で知られる、栗林忠道のお墓があることでも知られ、さらに、こういうものも近年建てられました。これも画像にマウスを合わせると拡大します。

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松代にゆかりのある2人の軍人、栗林忠道と今井武夫の顕彰碑です。栗林忠道は硫黄島の戦いで命を落としましたが、今井武夫は中国との和平交渉に尽力し、戦後も生きながらえました。この碑には、それぞれの経歴と、栗林の辞世の歌、今井が戦後つくった俳句が刻まれています。

碑の裏側に回ると、この碑を建てた「顕彰する会」による趣旨説明文や協力者の名前も刻まれています。2012年、再び戦争に向かいかねない近年の世相を憂え、対米・中の戦争に反対した二人の軍人を顕彰するこの碑を建てたとのことが書かれていました。

2015年12月 2日 (水)

産地ならではの習性?

自称フルーツ王国のここ須坂。その自称もだてではなく、日々、果物に親しんでおります。

ぶどう、りんご、桃、梨、柿、あんず、さくらんぼ、などなど、季節ごとにいろいろなくだものが生産され、食べられます。

自分の家が生産農家だったり、あるいは実家や親類縁者、ご近所が生産していたり、ということで、もらいもらわれも盛んです。

友人知人がちょっと集まるときにも、自宅で準備してきた果物を持参して、みんなでつまんだりという光景も珍しくはありません。

そんな中で気がつきました。もらいもらわれの時や、ちょっとつまんで、という時、ほぼ必ず品種が確認されるのです。
「これ、巨峰だよね?」
「シャイン?おー」(←市場的には価値の高いシャインマスカットの略称)
「今の時期だと・・・これ、秋映だね」(←早めに出荷時期を迎えるりんごの品種)
というように。そしてみなさん、それぞれの品種の出荷時期もわかってらっしゃる。

子どもたちも例外ではありません。
「今日、給食でナガノパープルが出た」(←種なしで皮ごと食べられるぶどうの品種)
「ほいくえんでシナノゴールド食べた」(←皮が黄色いりんごの品種)
というように、品種名がふつうに会話に出てきます。学校では給食の時の校内放送で「今日のこんだて」の説明が流れ、そこで品種の紹介があるそうです。

振り返ってみると、こちらで生活するようになるまでは、店頭では「ふじ」とか「紅玉」とか書いてあっても、それほど品種を気にしていなかったように思います。「りんご」とか「ぶどう」とかおおまかな感じで。ぶどうといえばデラウエアだったし。

これだけ品種名が日常的に会話に登場するのも、産地ならではのことかもしれませんね。